秋田県鹿角市十和田毛馬内

JAPAN AKITA KAZUNO TOWADA KEMANAI

鹿角市先人顕彰館SENJIN KENSHO KAN

先人の紹介

内藤 湖南
(1866~1934)

歴史学者。慶応2年鹿角市毛馬内に生れる。県立秋田師範学校卒業。
上京後、『日本人』、『大阪朝日新聞』等の編集・論説で活躍。
一方で中国研究に関しても造詣を深める。
明治40年(1907)から京都帝国大学史学科で東洋史を担当。
42年教授。大正15年(1926)定年退官。帝国学士院会員。
その研究は、時代区分論、古代史、清朝史等の中国史のみならず、日本史にも業績を残す。
また、書家としても著名。
内藤 湖南

和井内 貞行
(1858~1922)

水産増殖研究家。安政5年鹿角市毛馬内に生れる。
鉱山勤務の傍ら十和田湖での養魚への関心が深まり、
明治17年十和田湖へコイの稚魚の放流を試みて以来、同湖の水産振興に努めた。
明治38年にヒメマスの養殖に成功。
十和田湖は各地湖沼へのヒメマス種卵の主要供給源になった。
その苦難の道程は昭和25年「われ幻の魚を見たり」で映画化され、
小中学校の教科書にも掲載された。また十和田の観光開発にも貢献した。
和井内 貞行

瀬川 清子
(1895~1984)

啄母校の毛馬内小学校勤務時に「女も大学に入れる」という新聞広告を見て、
大正11年に東洋大学に入学。
卒業後東京で教鞭を執るかたわら、柳田國男に師事し民俗学を研究し、
その後大妻女子大学教授を務める。
84歳まで全国の山村・漁村を調査で巡る。
米国のエイボン社の女性教育賞、柳田國男賞を受賞。
瀬川 清子